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時の流れがどんどん加速していきます

ロウ・イエ監督の『ふたりの人魚』という映画を観ていて、その中で流れている音楽から、
ふいに、
独身の頃の自分がヘッドホンで音楽を聴きながら外を歩いている図が脳裏に浮かびました。
結婚するしばらく前、実家暮らしをしていた自分の姿です。

映画と自分の過去やいまの生活にはほとんど重なるところがないのに。

少し懐かしいような色彩と、川の周囲の人々の暮らしを揺れるカメラで切り取る画が、ノスタルジックな気分にさせたのかもしれません。

結婚して、あれからもう11年以上経っていて、娘が生まれてからは2年が過ぎ、毎日子どものために絵本を読んだり、お風呂に入れたり歌を歌ったりし、お腹に2人目の子どもがいて、そして出生前診断を受けてから2ヶ月が経って、今からさらに2ヶ月少し経った頃にはダウン症と診断された子どもが生まれてきます。

人生の車輪がひとつずつ増えて、自分ひとりを運んでいるようだった時が、いつの間にか車輪が4つに増えて、高速道路を走る車のような速さで景色を後ろへ後ろへと流していきます。

なんだかついていけないというような思いもありつつ、どこへどんな風に進んでいくのかという不安もあるようです。

ぼくの場合は、妻と出生前診断を受けて(羊水検査をしたのは妻で、ぼくは何も検査を受けていませんが)、ダウン症のわが子の登場まではゆるやかな上り坂を上っているようで、崖のように急峻な立ちはだかりはないのでしょうが、不安や期待を感じる時間はあるのでしょう。

最近は生まれてくる子のことを考えない日はありません。
きょう家までの帰り道にiPodでシューベルトのピアノ・ソナタを聴きました。
独身の頃と違って、耳の中にも家族がいるような感じです。
考え事をして、聴いているような聴いていないような。
自分の世界をいくらイヤホンで塞いでも、自分だけの世界ではない、共に生きていくべき世界が全身に広がっているんでしょう。

生まれてくる子のこと、長女のこと、妻のこと、また慌ただしくなって加速するだろう生活のこと。一瞬一瞬を、思い出づくりに、教育や療育に、家事や仕事に、大切に過ごすことを心がけていようと、気がつくともうお年寄りの仲間入りをしていそうな、そんな気がします。

この世で悠々と自適に過ごしている図は思い浮かびません。

自分の知っている人の子どもが、しばらくぶりに会うと、信じられないくらい大きくなっていることに驚くことがあります。当人たちにはまだ長い時間かもしれませんが、成長は本当にあっという間です。

当たり前ですが自分たち以外の他の人にも、時間は過ぎていきます。

もしかしたら家族全員が天国に揃って、そこでようやく息をついて、悠々自適の暮らしを送るようになったら、
障害や病気や貧しさなんて、ほんの一瞬のことだった、
そんな風に思っているかもしれないです。

あまねくんのダウン症はきっと天国でもお腹の中でと同じようにダウン症で、
でもそこでは障害と言われたりすることも、差別されたりすることも、生きられないということもないのかな、と思っています。
そこに至るまで、
障害や差別が生まれる、ときに生きにくいこの社会生活を、家族で支え合って切り抜ける、それがこれからも人生なんだろうな、
と、そんなことも考えたりします。

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